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No.98

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2015年12月08日

5限目の授業が終わりました。
まだ後1時間の授業が残っているのかと思うと一生ここにいなくちゃいけないのかと錯覚してしまいます。
『…はぁ…退屈だなぁ…』
楽しく無いって…訳じゃ無いけど、友達もそれなりにいるし、成績が悪い訳でもないんだけど、でも…何か…何かが欠けている感覚…。

 

5限目の授業が終わりました。

まだ後1時間の授業が残っているのかと思うと一生ここにいなくちゃいけないのかと錯覚してしまいます。

 『…はぁ…退屈だなぁ…』

楽しく無いって…訳じゃ無いけど、友達もそれなりにいるし、成績が悪い訳でもないんだけど、でも…何か…何かが欠けている感覚…。

部活でもやればまた違った毎日なのだろうけど…高校二年生にもなって今更何か始めるって言う気も起きないし…。

って言うか、好きな、やってみたい物って…取り立てて”これ”って言うものも…無いんです…。

クラスの男子達が下らない話で盛り上がってる…。 

どうしてだろう、私はああいう雰囲気が苦手でたまらない。大勢で和気藹々にって言うには、何かこう…。

毎日毎日同じ事の繰り返しが続いている…まるでアルバイトのルーティンワー

クみたいな、規則的な反復作業の様な日々…。

退屈だなぁって何時も思う…。

私は毎日の学校生活に倦怠感を抱いていたんです。

何か、胸につかえた物を感じながらもポッカリと穴が開いたような…、”物足り

ない何か”が解らないもどかしさに上の空になる事もたびたびあって…。

 「ねぇ優奈!聞いてる?っねぇ!」

 「あっ、うん…ゴメン…なっ…なに?!」

 「もう…服買うの付き合ってって言ってるの!!」

 「あっ、うん、いいよ…で…何処に…?」

 「駅前のショッピングモールって言ってるじゃん!」

久美も良く飽きないなぁって思う。

新しいデザインの洋服、アクセサリー、事ファッションには閉口するくらい敏感だよなぁ…。バイト代が入ったばっかりだって言っていたのに…もう使い切っちゃう勢い。

 

私にはああ言う感覚は…無い…なぁ。

 先週も来たけど、駅前なのに人通りまばらになった感じがする。車で来る人が

多いからかな。昔は結構賑わっていたんだけど、これも最近の不況って奴なのか

もしれないって思った。

まっ、平日のこの時間じゃまだ早いだけなのかもしれないし…。

 

 「見て、見て!優奈!これこれ!」

 「あっ、うん、いいんじゃない?」

 

久美のお気に入り、この店に来るのも数え切れないな。見慣れた店員に見慣れ

た陳列棚…。代わり映えの無い洋服のラインナップに思えるんだけど…、久美に

は全く違う物にみえるんだろうな。

 

 「ねぇ、優奈、こないだの店員さん、見かけないね…」

 「え?誰…誰の事かな?」

 「ほらぁ!結構イケメンでさ!あたしチョータイプだって言ったジャン!」

 「あっ、あの……そうだね、…いない…ね…」

 

さして興味も無かったけど…周りを見渡してみて気がついたのはやけに店員が少ないなって。

レジで久美が従業員の人と何か話してる。とっくに会計は済ませてるだろうに何を話してるんだろう。

 

私は先に外で待とうと思い店を出て。

ジュースでも買おうかと財布から小銭を出そうとしたら10円玉が無かったんです。1000円札をくずそうとしたけどなんかワザワザ…って思って我慢して。手持ち無沙汰でまた上の空…。

その時ふと、昨日の夜お父さんが話してた事を何気に思い出してたんです。

 

 昨日の晩…。

 

帰ってきたお父さんはとても虫の居所が悪くて帰るなりお酒を飲み始めて。お母さんが何事かって困ってたんです。

私はなんだかばつが悪くて黙って二人の会話を横聞きしていただけだったんですが…。

 

 「まったく、奴のミスで大事な取引先を怒らせてしまって」

 「まぁ…また例の北村さんですか?」

 「そうだ、”また”アイツだよ…営業成績も並以下だし、30半ば過ぎてなんの成長もして無いんだ、その癖一丁前に口答えだけはする、首だよ、昨日付けで解雇したやったんだ!」

 「まぁ…かっ…解雇ですか?なにもそこまで…」

 「いいや、これ以上甘やかしても会社の利益にならん、社長から人事も営業も任されてる俺の立場だって…、この不況でああいういい加減な事やられたんじゃ他の人間にも悪影響がでるし直接の…!」

 

話の内容から難しい事なんだなって事だけは解ったんです。

でも、その人にだって生活があるだろうになぁって言うのもなんとなく解って。

 

北村って人、どんな人なんだろうっとも思ったし…。

 

店の入口脇でそんな事を思いながら出てくる久美を待っていたんです。

その時は全然…、全く気がつきませんでした。私は通りを流れる車や同年代の女の子達が店に出入りする様子を何気なく横目で見ていただけで…。

 コートを羽織った男の人が私の一挙手一投足を舐めるような目線で見ていたなんて…。

 時期外れ、汗ばむ位の陽気にコートなんて変だって、普通はすぐに気がつくだろうけど…、私がその人の存在に気がついたのは久美が店から出てくるチョット前。

 

 「おっそいなぁ…?…?!」

 『やだ…何あの人……私の事見てる?……うぅ…やだなぁ…』

 

街頭の柱を影に、眼光鋭く私を見つめるその姿に怖さを感じ始めて…、そしたら久美がいそいそと店から出てきて。

 「ゴメンゴメン!あのイケメンの事聞いててさぁ」

 「あっ…そうだったの……で?」

 「アルバイトだったらしいんだけど辞めてもらったんだって、なんか店の事情がどうのってさ」

 「ふぅん、どこも不況なんだね…」

 「私のバイト先もそんな事言ってたかなぁ」

 久美と会話を交わす最中もその男の人はジッとこちらを見つめていて本当に気味が悪くて…。

 

 「ねぇ?…優奈?…何、どしたの?」

 「うん、あの…街頭の影にいる人がね…店出てからずっと私の事見てるの」

 「まぁたまたあぁ~、クラスの男共にも関心無いあんたが、男性の目線を気にするなんてぇ~」

 「本当だって!ほら!あそっこ…の!…?」

 「…いないじゃん」

 「あっ、あれ…さっきまで、っ本当にぃ!」

 「自意識過剰だねぇ~、結構自分の容姿に自信あったり?」 

 「そんなんじゃないってば!」

 

ついさっきまで本当に居たんです。

あの眼つき、何かを思い詰める様な目にも見えたし、兎に角その場から離れて。

時間も遅くなってきたので久美のファーストフードで何か食べようって言うのも断って急いで家に向かったんです。

 

家のすぐ近くまで来てやっと心が落ち着いて。やっぱり自意識過剰だったのかな…。

 

でも…でも…。

 

 『ああ言う人が誘拐とか、少女虐待とか…しっ…したりして…』

 

っなんて。

 

飛躍的な物の考え方をするのは癖なんです。昔、御兄ちゃんの部屋で、…別に変な意味じゃなくて…入って偶然、本当に偶然なんですけど…エッチ…な…本を見かけて…。

興味本位で覗いただけなんです。

そうしたら…。

写真の殆どが綺麗な女性がロープで縛られていたり、蝋燭を乳房に垂らされていたり…鞭で打ち付けられたみたいな青あざをふとももやお尻に沢山…。

胸がドキドキして……耳まで熱くなるのが解る位興奮しました。

 あれを見て以来…私…事ある毎に想像……妄想が変な方向に頭の中を駆け巡るんです。

 

 『ああ…いうのも…き…気持ち…いいのかな…』って。

 

中学の時、テレビドラマの中で小さい女の子がロープで縛られて誘拐されるシーンがありました。それを見た時も変に胸がドキドキして…。

嫌がる、暴れる少女を抱きかかえ車へ押し込むシーン…、食い入るように画面を見ていました。

 

最近特に毎日が退屈に感じるのもああ言う非現実、刺激的な事件に巻き込まれてみたいって言うのがあるかも知れないなって思い始めて…。

だから、正直、あの男の人の目線も何か起こるかもって”無いに決まってる”想像の果ての…誇大妄想だった…はずなんです。

家の玄関先が見えて、今日の夕御飯はなんだろうっとか些細な事も考えながら。

 

曲がり角のスグ脇に止めてある白くて大きい…、工事現場でよく見かけるあのての車には気を配る事も無かったし、運転席に乗っている人がショッピングモールで見かけた”あの人”だって言う事も勿論解るはず無かったし。

 

何より後部座席から脇の窓はダンボールで中が見えない不自然さなんて…。

 

車の横を通り過ぎた瞬間、ドアが開く音がしたんです。私は振り向かずに家に向かっていて足音が近づいてくるのは解りませんでした。

 

 「ちょっと…お嬢さん?」

 

話かけられて後ろを振り向いた瞬間、男の人は目の前に立っていたのでびっくりしました。

 

 「はっ!!…はい?!あの…なっ何か?!…」

 「さかえむら…ゆうなさん…ですよね?」 

 「あっ…はい…そうですけど…」

 「間違い無いですね?」

 「えっ…え…ぁ…ぁの………」

 

そう言うと男の人はポケットをごそごそし始めて取り出したのが文房具で良く見かけるキャットナイフ。

右肩を鷲掴みにされた私は突然の事に体が硬直してしまって…。

 

 「騒ぐな…、声を出すな、二度言わないぞ、車に乗れ…」

 

耳元に顔を近づけて囁くように言葉を発した男の人…。息がとっても煙草臭くて。だからじゃないけど私、声を上げる事も身動き一つ出来ないで、促されるままに車の後ろから荷台のようなスペースへ押し込まれたんです。

男の人は一緒に乗り込んで来て勢い良くドアを閉めるとビニール製の買い物袋をごそごそと探り始めて。

 

 「動くな…一言でも大声を出したら…」 

 「ぁ……」

 「切るぞ…」

 

その時、実感しました。…私。

 

 『私!誘拐される!』って。

一言『助けて!』って、声を上げれば誰か、誰か助けに来てくれるかも知れないって思った。

 

…でも。

そう、…でも…。

私、…私…このまま誘拐されて見たい…って。

 

この男の人に連れ去られて…めちゃくちゃにされたいって。だって、この胸の高揚…心臓の鼓動は怖いとか…恐ろしいとかじゃ無いって感じてたんです。

知ってたんです。

 

望んでいた事なんだって。

この刺激を体験してみたかったって。

 

これから何をされるのかは解らないけど、このまま…このまま暫く身を委ねたいって、感情の高ぶりそのまま…、なすがままに流されたい気分で一杯になる自分を自覚しました。

 

その人は袋の中からガムテープを取り出すと両手で勢い良く広げました。

 

 「後ろ向け…早く!」

 

後ろ手に腕を回すとその人は私の手首にグルグルとガムテープを撒き始めました。何回も何回も…。

腕と腕の間にもテープを回し始めました。手首を十字に縛られた私はえもいわれぬ感覚に興奮し始めていました。

 

あの時…兄の部屋で見た雑誌の女性…、体に食い込んだ拘束具の感触…私は今…あれを類似体験している。

 

 「横になれ…もたもたするな…」

 

荷台に横たわった私に馬乗りになったその人は両足を抱えるとまたガムテープを取り出し今度は両足首をグルグルと縛り始めました。

 

くるぶしから徐々に上へ上へ…。

 

ふくらはぎの中間あたりで一本目のガムテープが無くなり、二本目を取り出すと今度は膝上から太股にかけてテープを巻き始めました。

スカートがめくれ上がって下着が見えそうになって…思わず声を出してしまったんです。

 

 「あっ!っ…やっ!」

 

その声に反応した男の人は馬乗りから素早く体を反転させて私の顔めがけて手を伸ばしたんです。

手の平が私の口を塞ぐと頬と一緒くたに握り締められて…。

 

 「騒ぐなと言ったろ…殺すぞ…」

 

その時…、そう、初めて聞いた言葉に私は…体の芯から震えが来たんです、私の事…。

 

「殺す」って。

 

“切る”とか”殴る”っとかならまだあの興奮のままだったと思うんです。でも、

その言葉を聞いた途端、非現実だと日常に刺激を求めた故の些細な”事故”だと

勝手に思い込んでいた私の思考が180度変わった瞬間でした。

 

これは現実だって。

ガムテープを撒き続けるその人は慌てているのか、使い終わって居ない二本目のテープを残したまま新しいのを取り出して私のあばら…脇腹から上へ二の腕を回して上半身をガムテープで覆い始めました。

胸が苦しくなる位、締め付けられ少し息苦しくなりました。

 

どうしてだろう…。

 

一心不乱にガムテープを撒き続ける男の人…、さっき感じた恐怖、現実…なのに、なのに。

 

 『胸の高揚が絶え間なく続いてる』って事…。

 

こんなになっても…私…。

 

無言のまま作業を続けていた手が一旦止まったと思うと千切ったガムテープを私の口元に貼り付けようと両手が迫ってきました。

 

私は抵抗しようと頭を左右に、髪をを振り乱して…。

この抵抗が本心なのかは解りません。

今迄散々妄想し、刺激的な非日常を体験したいと考えていた私のわざとらしく行動した演技だったのかも知れません。

 

口元に張られたテープはしっかりと固定されて鼻でしか呼吸ができなくなりました。横たわったままの私をまたいで車の中から後部座席をまたぎ運転席へと向かったその人はエンジンをかけると車を急発進させました。

その時のタイヤのこすれる音は耳に良く残っています。

 

肌着の”よれ”もそのままにテープを巻かれたので脇の下に違和感がありました。体位を少し動かすとその”よれ”が肌をこすり鈍痛が走りました。

丁度いい位置は無いかと身体を左右によじったのですが動かせば動かすほど肌着が上着の中でしわくちゃになって…。

 

 「おい!じたばた動くんじゃねぇ!大人しくしてろ!」

 

ルームミラー越しに私の動きが見えたのでしょうか怒鳴り声がして…、違和感そのままに身をすくめました。

額から汗がにじんできます。

荷台は大人2~3人分のスペースと広く余裕があり乱暴な運転も手伝って車体が揺れる度に体が滑り、肩や膝が床、壁に当たってとても痛い…。

左へ、右へ、兎に角妙に動きが激しいんです。

 

人目につかない様に裏道を使っているのかなって。

 

 「おい、…妙な行動したら承知しないからな…」

 

男の人がそう叫ぶと同時に車が停車しました。

空調の届かない荷台スペースは兎に角蒸し暑く体全体が汗でジットリと濡れてきて…。その時外の空気が入ってきたので運転席の窓が開けられたのが解りました。

何秒程でしょうか、すぐに車を発進させたその後は驚く程車が揺れなくなったんです。

 

高速道路に入ったと言う推測はすぐに出来ました。

揺れた車のせいでしょう…私は体の硬直に痛みを感じ始めていました。顔から吹き出る汗で髪の毛が顔に巻き付いているのも気分がいいものではありません…。

 

 「むぅ…んっ!んぅっう…!」

 

エンジンの音にかき消され私の”痛い”と言う感情表現が届きません。

その時、口元まで流れた汗がガムテープの粘着を少し緩くしたのが解りました。

私は唇を前後左右に動かし、舌も使ってテープと口の間に僅かながらの隙間を作る事が出来ました。

舌先にテープの裏側…粘着質の変な味がこびりついて…こんな物を舐める事になるなんて勿論初めての体験です…。右側、口の端からありったけの声を振りしぼって叫びました。

 

 「い!…いふぁうぃ!…いふぁいぃぃ!」

 

声を発したと同時に車の速度が落ち始めました。

カッチカッチとウィンカーの音がして、車が止まると男の人は運転席のドアではなくゴソゴソと席を移動して助手席側から外へ出た様です。

ガラっと勢い良く開いたスライドドアから男の人が飛び乗ってくると手元にあらかじめ車の中に準備していたのでしょう。

包丁が握り締められていました。

 

街頭に照らされ黄色に鈍く光った刃渡りの部分を目にした私は動転して思わず叫びました。

 

 「ひぃあぁぁ!あぁ…ぁあぁぁ!いぃぃ!」

 「うるせぇ!騒ぐんじゃねぇって言っただろ!あぁ?!」

 

その人は手元の包丁を私の頬にピタリと貼り付けると鼻息も荒く怒鳴り始めました。路肩に駐車している為、横を走る高速走行の車が出す騒音で幾ら叫んでも気にかける人は誰も居ません。

 

 「おめぇの親父はなぁ!おめぇの親父はなぁ!」 

 

解らない、何を言っているのか…この人いったい誰なの?

 

 「俺を…俺を首にした糞みてぇな奴だ、…復習だよ…目に物見せてやる、あぁ!恨むなら親父を恨め!いいかぁ!おめえの親父は糞野郎だ!!」

 

首?…お父さんの…?この人…、お父さんに解雇された会社の人…?。

 

その人は下をうつむきカタカタと全身を震わせていました。揺れる包丁は私の頬にピタピタと当たりその冷たさが先程とは違う汗を額に滴らせました。

 

 『こっ…殺される!?』

 

 「ふぉ…ふぉろぁ…ぁ…ぃれ…」

 「あぁ?!」

 「ほろ…ぁ…あぃれぅ…あぁい…」

 

私の言う事が何となく理解出来た様でした。

目を細め口元をニヤリとさせると男の人は顔を私の耳元へ寄せると低音の聞いた声で話し始めました。

またあの煙草の嫌な臭いが鼻をつきました。

 

 「そんなこたぁてめぇの親父しだいよ、俺の言う事を素直に聞けば良し…俺にはもう失う物なんてねぇ…”無くす痛み”って奴をアイツにも味合わせてやるのよ…きっひっひっ…」

 

汗が吹き出てくる…。

恐怖、明らかな恐怖を感じていたんです。

包丁が目に入った瞬間の背筋に走った戦慄は確かな物だったんです。すぐにで

もここから逃げ出したい、家に帰りたい、そのはずなんです。

二律背反的な感情があるのも否定できなかった私…。

胸を締めつけるテープの感触。

汗でにじんだ肌着、身体に張り付く不快感…太股の内側に流れる汗が下着にまで滴る…くるぶしがこすり合わさる鈍痛。

自分にとって心地良い事等何も無いはすなのに…。

 

 私、どうしようも無く興奮している…。

 

全身に流れる電流のような刺激はなんのか…これが『気持ちいい』って事なのかなって思い始めて…。

どうしようもなく体がうずくんです…顔から胸から…体、全身が……下腹部も…熱く…なって…。

 

 「いいか!俺の言う事だけを聞け、騒ぐな、叫ぶな!」

 

その人は私にひとしきり罵声を浴びせるとスライドドアを乱暴に閉めました。

また助手席から運転席へゴソゴソと移動すると車を発進させて煙草に火をつけたみたいです。

煙が車の中に充満し始めて…何本吸うんだろうって言うくらい、煙をもうもうとさせて。

多分…多分、イライラしてる…。

そう言えば…今、…何時位なんだろう…。さっきドアが開いた時はもう外は真っ暗だった事に気がつきました。

 

 『すっかり忘ていたけど…お腹…空いたなぁ…、喉も…乾いてきた…口の中が…ニチャニチャする…、気持ち悪い…』

 

傍から見れば呑気な事をって思う…自分でもこんな時にって思ったけど…。

私の体は熱を保ったままで車内の温度と相まってまるで風邪を引いて熱を出しているような、とにかく水だけもっと頭が一杯で…。

 

そんな事を考えていたら車のスピードが徐々に落ちてきて、ハンドルを切る感じが解ったんです。最初は高速道路を下りるんだって思ったんですがサービスエリアへ立ち寄ったみたい…。

何処に停車したのかは分かりません、人が居るはずのエリアなのになんだか人の気配がしなくて…。多分、小さなサービスエリア…自動販売機しか置いていないような所だろうって。

単純に営業時間が過ぎているだけなのかも知れないけど…、全く時間の感覚が無くなっていて…今が何時頃なのかも分からない…。

 

運転席から出たその人はドアを開けはなしそのまま煙草に火をつけたのが判りました。何をする訳でも無く煙を吐き出している様子は落ち着きを取り繕っている様にも見えました。

喉の渇きが我慢出来なくなった私は恐る恐る、声を出しました。

 「…ぁ…ぁ…ぃ…ぅ…」

ふと、こちらに目をやるその人は私を睨みつけました。怖いけど…でも、もう喉がカラカラで…何をされても…。

 「いぃぅふぉお…いぃうおぉうあふぁいぃ!…ぃぃ…!」

路上に吸殻を投げ捨てると小走りに近寄り脇のスライドドアを開けると私の顔を睨みつけ顔を近づけてきて…、耳元で囁く様な小さい声で話始めました…。

 

 「おめぇ…俺の事、なめんてんだろ?あぁ?このメスガキがぁ…」

 

私は首を振り真意を伝えようと震えながら答えました。

 

 「のぉあ…はふぁいれ…ぃぅお…むぃふふぉ…ふらふぁい…いっ…いぃふぉ…」

 

その人はそのまま私を睨みつけ一回舌打ちをしましたが…言っている事が解ってくれた様で…。

男の人はまた舌打ちをしながら私の胸、腕、手首に巻かれたガムテープを剥がそうと取り出したキャットナイフで脇のあたりから勢い良く千切り始めました。

あまりに乱暴な手つきだったので二の腕のあたりと、手首のちょっと上…、少し刃があたって血が……。

でも…。

声を出すと今度こそ殴られたり…っと思ったので我慢して…。

腕から剥がしたテープは強引に引っ張られたので腕の皮が…とっても痛い…。

ヒリヒリする…。逃走を防止する為だと足のガムテープは剥がしてくれませんでした。

 

 「おぃ、動くなよ…、妙な真似したら殺すぞ…口のテープはまだ剥がすな…」

 

一言前置きしてその人は小走りに自動販売機へ行くとペットボトルの水を買ってきました。

長時間の同じ姿勢、締め付けられていた腕周りが痺れてる…。

頬り投げれたボトルを咄嗟に受け取る事が出来ず、私は投げつけられたそれをお腹の当たりに受けました。

痛かったです…。

ボトルを抱えキャップを捻ろうとした瞬間、その人の指がいきなり私の眼前に迫ってきてびっくりしました。

 

 ビィッ!

 

 「いたっ!!」

 

その人は無言で勢い良くテープを剥がしました。私は唇がくっついて行ったんじゃ無いかって位の痛みを感じて…。それで思わず、声が出たんですけど…、その時は何も言われなかった…。500mlの水はすぐに無くなりました。

 

水を飲む喉の音が頭の中へ異様に大きく響いて…。

人心地ついた私を確認したその人はガムテープをまた体に巻き付け始めました。汗で湿った洋服は既に冷たくなっていて…、生乾きの布が肌に張り付く感触がとても気色悪い…。

胸の下から両腕から…、手首を十字にと…最初と同様に…。

テープを巻き終えるとその人は後部座席へ座り込みまた煙草を吸い始めました。同時に懐から携帯電話を取り出すと、何処かに連絡を入れようと携帯を弄り始めて…。なんとなく想像できました。

 そして突然の怒鳴り声で連絡先を確信したんです。

 

 「俺だよ!あぁ、北村だよ!えぇ、覚えてるか、あぁ!あんたん所の可愛いお

嬢さん、預らせて貰ってるよぉ…ひっひっひ…」

 

 『私の家だ…私の家へ連絡してる…お父さん、…お母さん!私…私!』

 

 「3000万用意しろ、……あっ?……”身代金”に決まってるだろぅが!馬鹿か!糞野郎がぁ!俺はなぁ何時も何時もてめぇのその馬鹿丸出しの態度が気に食わなかったんだよ!えぇ?部長さっんっよぉ!」

 

 ”身代金”

 

頭に響くその言葉…どうしても噛みしめてしまう……。

 

 『私の…体とお金の価値…身代金…営利誘拐?…あぁ…なんか…なんか…』

 

男の人は興奮し過ぎて呂律が回らない様子です。幼稚な罵倒語を羅列しているだけの様にも聞こえますが伝わってくるのはお父さんへの怒りと…憎しみ…。

 

一瞬会話が途切れました。

 

通話状態のままの携帯電話が座席越しに横たわる私の頬に近づけられるとその人は叫び出しました。

 

 「声を出せ、何でもいい…叫べ、おら!なんか言えぇ!」

 

ぐいぐいと携帯を口元に押し付けるその人の目は血走っていました。あまりに

鬼気迫る表情に私は怯えながらも何か言おう、何か言おうと声を振り絞って…一言。

 

 「おっ…お…おど…さ…ん…?」

 「…!…!!…!」

 

最初はよく聞き取れなかったんですが、お父さんである事はすぐに判りました。

 「優奈か!優奈なのか!おい!返事しろ優奈!」

声が耳に響いた瞬間、何かの糸が切れた様に涙が溢れて…。私は叫び続けました、家へ帰りたいって…力一杯…嗚咽を堪えながら…。

 

 「おっおどうざぁん!?おがぁ…っさんっわぁ?おっど…さっ!…ん!」

 「優奈!?無事なのか?!優奈!!」

 「がえるっ!!うち…うじへ…かぇ…かぇっ…りたぃっい!うちっにっ!いっ…!」

 「優奈ぉ!ゆうぅなぁあぁ!」

 「たっ!たっけでぇ!おっとぅさ!!っん!…!!」

 「…な!…!!ゅぅ…!!ぅ…!」

 

すぐに耳元から携帯を話したその人はまたお父さんと話をし始めました。

 

 「解ってるな!金が用意できなきゃ…娘の”命は無い”ってなぁ!」

 

男の人の叫び声と一緒に電話が切られ、泣叫んだ私は鼻水が垂れて…とても見られた顔じゃ無い様になってしまいました。

懐に携帯電話をしまい込んだ後、その人はポケットティッシュを取り出し私の口周りを入念に拭き取り始めました。鼻を拭いてくれたのだというのは勘違いでした。

ただ、水分でテープが剥がれない様に…。

長めに切り取ったそれが口をピッタリと覆った時はもう隙間から声を出す事は出来ないって思いました…。

するとその人は無言のまま、座席を跨ぎ私の横で膝を付くとこちらを覗き込んでなめるような眼つきで体全体を見始めたんです…。

その目線は私の顔から、足、ガムテープが直に張り付いている太もも…そして胸元へ…。胸に差し掛かった時だけ動きが止まって…一点を見つめてにやついて…。

 

締めつけれている私の胸は薄手のシャツが汗で張り付いていて…。形が良くわかる位…に…なっていて…恥ずかしさで顔が真っ赤になるのが分かりました。ブラの柄が浮き出て透けて見えているのがとても嫌らしく感じて…。

 

そんな私の頭の中がわかっているのか…口元を緩ませて…ジロジロと見続けるんです…。私は体が小刻みに震えだしてきて…。

 

 『何…何を…考えている…の…?…この人…やだ…やだ…見ないで…』

 

怖い…何されるのか分からない、…この人の考えなんか理解したくないけど…、”何をしようとしているのか分からない事”が怖い…。

ひとしきり私の体を見回した後また薄笑いを浮かべると再びガムテープを取り

出し今度は私の眼にそれを貼りつけました。

何処へ行くのかを”推測させない為”だと。

 

 

程なく車はサービスエリアを出発しました。恐らく…目的地が近づいて来たのか…っとかも考えましたが…。

その事より…。

高速道路を走り始めてすぐ…何分も経っていないその時…。

 

 …。

 

 また…。

 

 ひとしきり恐怖を感じた後に来るこの奇妙な感じは何…?さっきもそうだった…。あんなに沢山涙を流して助けてって叫んだのに。なのに…。

 

 『あぁ…頭の中がおかしくなりそう…』

 

その時…私は恐怖と一緒に…いや、…むしろこの状況を楽しんでいる感情の方が大部分を占めている…っと”確信した”んです。

 眼を塞がれた真っ暗闇の中、吹っ切れた感情を噛みしめた瞬間、体に電流の様な物が走り足先から頭のてっぺんまで…全身が痙攣するかの様な震えに体が内側に思いっきり縮こまって…。

 

 『ダメ…ダメ……私…私……いっ…うぅ…いっ……!…!!』

 

体が固い何かで覆われた様な…周りの空気に押しつぶされる様な感覚…、体中の血液が沸騰したみたいに、全身が熱い…、耳に届く音が…回りの雑音が縮んで行くような変な感じ…、あぁ…頭の中がグルグル回る……。

 

 「ふっ!…うぅ……ふぅっふ!っ…うぅん…ふぅ…うぅぅ…」

 

息が詰まって…体を震わせていた間中、呼吸を止めていた事に気が付かなくて、慌てて呼吸をしました。新たに貼り直されたガムテープは私が口から呼吸する事を許してくれません。

 

 『息が上手く吸えない…苦しい…けど…けど……』

体の震えが止まった後は物凄い脱力感に襲われました…、何故かは判りません。全身の力、さっきまで歯を食いしばる程に力んでいた手や、足も…。

 まるで、全力疾走をした後の様な…。

 私は呼吸を整えながら頭のてっぺんから力をすべて吸い取られた様な感覚…爽快感にも似た感じ…と…得も言われぬ屈辱感、自己嫌悪に襲われていました…。

 誘拐事件に巻き込まれている自分を自覚出来ない嫌悪感?…見ず知らずの男性に弄ばれる情けなさを屈辱と考えている…?

 

分からない…。

 

自由を奪われた私は何処へと向かっているかも分からない揺れる車の荷台に横たわる人質…、助けを呼ぶ事も許されない、光を感じる事も出来ない…。

 

虜。

 

そしてそれを胸一杯に…”快楽”として受け止めていると自覚してしまった、卑しく…哀れな存在…。

 

 「へっ…へへへ…思い知らせてやる…やってやるぅ…俺が、俺がやってやるんだぁ…ふっはっ…ふっ…俺がぁ!やってぇ!!」

 

運転しながら奇声を上げる男の人はまた煙草に火をつけたようです。車内に充満する煙の臭い…走り続ける車の唸るエンジン音…、私はこの現実に身の全てを委ね、悦楽の極を堪能しようと決めたのです…。

 

知って…知ってしまったから…。

 

あの、快感?……至高の刺激?…っを体感してしまったから……。

 

 

後悔?…後悔なんて………。

担当作家 超合金

★ノベル【12,000文字】【ランク旬

 

 ○掲載担当(黒田)コメント

日常の退屈な日々から、いきなり誘拐されるという体験をした優奈ちゃん。

恐怖でいっぱいなはずなのに、このような体験をしてみたいと思っていた

優奈ちゃんにとっては…

恐怖と期待の狭間をさまよう女の子、優奈ちゃんのストーリーです。

たまに映画等を見ていると、現実と映画の世界が混ざったおかしな

感覚になる時がありますが、正にそんな感覚、なのでしょうか…

 

 

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