宮廷の廊下を音高く踏みならし、金糸の髪波立たせ乙女が往く。
頬にかかる髪に縁取られた象牙の肌は滑らかで、見る者すべてを魅了する。だがその麗しい造詣には似つかわしくない、エメラルドの瞳には苛立ちと怒りの表情が浮かんでいた。
ジュリエッタ・ユニウス。彼女こそ、ユニウス王国の王女であり、女性でありながら第一継承者であった。
だが、その地位にふさわしくない言葉が、その桜色の唇から漏れる。
「ああ、むしゃくしゃする…っ」
廊下で呟いた途端に、
「随分とご機嫌斜めのようですね、姫様」と、からかうような声が背後で響く。
誰何せずとも誰であるかわかる。
「ロイ」
「そのような市井の言葉、どこで覚えられました?白百合の姫」
ロイ・ギュンター。若くして王宮の近衛隊長として、彼を知らぬ者はいない。
国民がつけたあだ名で呼ぶ声は柔らかなアルトだ。だがその言葉を無視して、ジュリエッタは小走りにロイに近づいた。
「貴方どこに行っていたの?」
「この時間は近衛隊の訓練をしているはご存じでしょう?」
涼やかな笑顔に、一瞬微笑みそうになる。すらりとした長身に、近衛の隊服がよく似合っている。ロイの笑顔は、眩しくて見慣れると言うことがない。胸にわだかまった不満さえ一瞬、忘れる。
だが、そんなことはおくびにも出さず、慌てて拗ねたような顔を作って見せた。
「貴方が近衛の訓練と言えば許されるでしょうけど、私とお父様は二人でボードレイ侯爵のあのしつこい厭味を聞き続けなければならなかったのよ。見舞いの体裁を繕っている分たちが悪いわ」
大地の女神に愛された人間。その末裔が王族として国を土地し、永劫の繁栄を約束された王国。その主、アンリ5世の容体が思わしくない。
それは宮廷どころか、国民の誰もが知っている事実だ。
だから隠しだてするつもりは今さらないが、どれほどに弱っているのか様子を見られるような真似は、正直腹立たしい。
「それは私がいたからと言って、どうにかなるものではなかったのでは?」
「何も言わずとも、貴方が睨みを利かせれば、あの小狡い人は震えあがってさっさと帰ったに違いないわ」
「いくら王の近衛隊長と言えど、子爵位しかない私に、侯爵が震えあがるとは思えません」
逆に睨み返されますよと、苦笑いを浮かべるロイに、
「でも、貴方は私の婚約者でしょう?」と小さく呟く。
婚約者という言葉を口にする時、未だに恥ずかしくて無意識に頬が熱くなる。
「どんな時でも、私のことを守ってくれなくては困ります」
できるだけきつく聞こえるように言おうとしたのに、語尾が弱くなる。顔が赤いのがわかっていたので、長身のロイのことを見上げることができなかったが、
「そうですね。貴方を守れる男でなくては、婚約者の資格はない」と滑らかな、優しい声が下りてきた。
頭一つ身長の差がある、ロイがすっと片方の膝をついてジュリエッタの前にひざまずいた。
「では、貴方の騎士たる許可をください」
真顔で言われて、ジュリエッタは大昔の騎士の真似ごとをするロイに、羞恥と共に胸に甘く疼くような感情が溢れる。
「……許します」
言うと、左手の甲に、ロイが唇を押しあてた。
その手を引くとジュリエッタは、胸に抱くようにする。
「ロイ、貴方、時々、ものすごく恥ずかしい人ね。…っ…、こんなお伽噺の騎士ような真似をして、人のことを子供扱いするなんて」
心にもないことを言うと
「なら、他の所に誓約の証をいただいても?」
ロイの指が伸びて、かすめるようにジュリエッタの唇に触れるのに、言葉を失った。
返事をする前に、顎をとられロイの薄い唇がジュリエッタのそれに当てられる。
「ご無礼を」
口ではそう言っておきながら、微笑んでいるロイにジュリエッタは何か言おうとして口を開いたが、結局、何も言えなかった。
その時、背後から大きくわざとらしい咳払いが響く。
慌ててロイから離れて振り返ると、そこには眼鏡をかけ、姿勢のいい侍女が立っていた。
「お取り込み中、失礼いたします」
いつからそこに立っていたのか。彼女は無表情に二人を見てから、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「お二人とも、ここは王家とそれに近しい者のみが出入りする中庭とはいえ、人通りがあることはおわかりですね?」
「マール、違うの、これは…っ」
「すでに御婚約済のお二人に、改めて申し上げることもございませんが…」
あくまで表情が変わらないマールに、ロイが苦笑いしつつ頭をかく。
「今度から、気をつけるよ」
そう何事もなかったかのように答えるのに、ジュリエッタは何も言えなくなってしまった。
「それじゃ、姫。私はこれで。姫の侍女殿に、譲って失礼しますよ」
そういって去っていくのに、結局何も言えず、ジュリエッタはうつむいた。
「姫」
短く呼ばれて、はじかれたように顔を上げる。
「なあに?」
「このようなところで、あのような真似…」
「私のせいじゃないわ!」
責任転嫁の様なことを叫んで、歩きだす。マールは数歩遅れてついて歩きているようだ。背後からため息をつく気配がする。
「まあ、御婚約を交わされて随分経ちますし、接吻程度ならよろしいですけど」
「だから、してないわ!…そんなふしだらな真似!」
怒ったようにいうジュリエッタの言葉の後に、一呼吸の間をおいて「それなら、よろしいですけど」と、マールの冷静な声が響く。
「そうよ、結婚もまだなのに、そんな…するわけがないわ」
王の娘ともあろうものが、いくら婚約したとはいえ唇以外を許すわけがない。
心の中で呟きながらも、胸の奥で花が咲いたような、甘い気持ちは押さえられない。
「まあ、それはともかく。姫様お部屋へ」
「どうしたの?」
肩越しに振り返ると、マールの瞳の色に鋭い光が宿っている。
それまで恋に浮かれた心に、一気に冷水を浴びせられた気持ちになり、自然と表情が引き締まった。
*
「今宵の襲撃ですが、控えられた方がよろしいかと」
静かに言うのに、ジュリエッタは眉根を軽く寄せた。
「どういうこと?」
「最近、白薔薇の騎士が現れる頻度が増えています。国民も何かと白薔薇の騎士の名を口にし、貴族たちも警戒を強くし始めました。少し時間をおいた方がよいでしょう」
「それはできません」
「姫様…」
「ダメよ。今を逃したらボートレイ侯爵の脱税を明るみにすることはできなくなるわ。いつ裏帳簿の隠し場所を返るとも限らないし、ボードレイは今夜屋敷に戻らないと言うし、襲撃するなら警備の薄い今夜が絶好のチャンスのはず」
「ですが、今日に限ってボードレイが城に現れたのも気になります」
ジュリエッタはそれに答えない。
「…わかりました。できるだけのことはしますが、無茶はなさいませんよう」
しぶしぶと言うように、マールが引き下がる。
彼女が心配してくれるのはよくわかる。
だがためらっていれば、それだけ国の腐敗が進んでいく。父の体調不良が続き、政に目が行きとどかない。それをいいことに法の目を逃れ、私腹を肥やす者がいる。
ジュリエッタには、それが我慢できないのだ。
王室の尊厳を踏みにじる輩を許してはおけない。だが、連中は姑息で、まともな方法ではなかなか本性を現しはしない。ましてやまだ王女の身の自分では、自由に動くこともできない。
だから彼女は作りだしたのだ、もう一人の自分、『白薔薇の騎士』を。
「『白薔薇の騎士』は、何者にも縛られない。そして決して屈してはいけないの」
自分自身に言い聞かせるように呟き、マールの差し出した剣をとった。
*
だがやはり、ここはマールの判断が正しかった。
そう思って歯噛みしたのは、薄暗い嫌な匂いのする場所で気がついた時だった。
白薔薇の騎士としてこっそりと城を抜けだし、途中まで乗ってきた馬を隠してボードレイの屋敷には、闇にまぎれて近づいた。
そこまではよかったのだが、手筈通り裏口から侵入した途端に囲まれた。
抵抗のしようのない人数に、ジュリエッタが諦めて両手をあげると、瞬時に、意識が遠くなった。おそらく、魔術を扱う者の仕業だろう。
眩暈をなんとか我慢して様子をうかがう。
ここは…?
動こうとして、身体が自由にならないのに気がついて、身じろぎする。
粗末な椅子、肘かけに両手を拘束されるようにして身体を拘束されているのはわかるが、縄や紐でのものではない。
手の甲にぼんやりと刻印が書かれているのが見える。
多少、魔術には心得があるのですぐにわかる。これは自分のレベルで解呪できるものではない。
その頭上から声が響いた。
「気がついたかね?」
はじかれたように顔をあげると、そこには忌々しい樽の様な男が立っていた。
「ボードレイ侯爵…っ」
吐き捨てるように言うと、侯爵はにやにやイヤラシイ笑みを浮かべ、ジュリエッタを見下ろした。
「白薔薇の騎士殿、ご気分はいかがかな?」
「…最悪だ。私腹を肥やす豚の顔をみたので、吐き気をもよおしそうだ」
答えると、樽を思わせる腹を震わせて笑う。
「義賊と名高い騎士殿は、なかなかに口が悪い」
「ここはどこ?」
苛立ったジュリエッタが鋭く聞く。てっきり王宮の警備隊に突きだされるものと思っていたのだが、違う。少なくとも城の地下牢ではない。
「ここはスラムの地下闘技場」
「…なに?」
予想外の答えに思わず呟く。
「私の友人たちもさんざん貴方に煮え湯を飲まされた口でね。単に警備隊に突きだすだけじゃ、腹の虫がおさまらんと言うのですよ」
侯爵の目の奥に、嗜虐の色が見えて、ジュリエッタは背筋に嫌な汗が噴き出した。
「何をさせる気…?」
「勇敢なる女騎士殿には、我らの娯楽に参加してもらいましょうか」
そういうと薄暗い部屋の扉を開いた。
それまでざわめき程度にしか聞こえてなかった、観衆の声が嵐のように部屋に流れこんでくる。
「この闘技場にエントリーして、もしチャンピオンのガドルに勝てば、貴方を自由にしてもいい」
ジュリエッタが息を飲んで、黙ったまま侯爵を睨みつけると、やれやれというように首をすくめた。
「嘘じゃありません。その証拠にその仮面も、はぎ取ってはいないでしょう」
気付かなかった。
言われてみれば、顔を隠すための仮面がそのままだ。
「これは純粋にゲームです。参加者には平等にチャンスが与えられる」
「もし断れば?」
「デュエルの前座、凌辱ショーのゲストにでもなってもらいましょうか」
にこやかな笑顔が返って醜悪だ。
睨み殺す勢いで侯爵を見上げ、ジュリエッタは「エントリーする」と短く答えた。
*
ジュリエッタが闘技場に一歩踏み出すと、すさまじい歓声が沸いた。
「あれが白薔薇の騎士か!?」
「なんて見事な金髪だよ、ありゃ。どこのご令嬢だよ!?」
「まだ小娘じゃねえか。ひねりつぶされちまうぞ」
「ガルドー!仮面とっちまえよ!」
冷やかしの声に耳を貸してはいけない。
一旦、戻された剣を握り直し、深呼吸をする。
反対側から入場した相手は、ジュリエッタの2倍はあろうかと言う化け物だ。
頭は豚だが、身体は人間の男。オーク…いや、ハーフだろう。
純粋な魔族など、ありえない。
相手は鉈のような獲物を振り回し、にやにやとジュリエッタを見下ろしている。
始まりの合図が鳴り、ジュリエッタは先制を仕掛ける。
一気に間合いを詰め、抜き打ちで相手の胴を払った。手ごたえはあった。だが聞いていない。
「なに…?!」
革鎧を避けて切りつけた場所は、ほとんど傷にもなっていない。
なんて強い皮膚なの!?
その間に相手の鉈がジュリエッタを襲う。間一髪よけたが、剣圧でふっとばされる。
「きゃあ…っ!?」
転がり、二撃、三撃と避け、いよいよ追い詰められた時、ジュリエッタは口の中で呪文を詠唱する。
「聖なる女神よ、奇跡を…っ」
かざした眼前には魔術に寄る防御壁が現れるはずだった。が、エーテル反応すらでない。
なんで?
考えている暇はなく、髪の毛一筋で大鉈の攻撃をよけたが、反対側からものすごい衝撃がきた。
丸太で横なぎにされたかのような勢いに、壁に叩きつけられる。
叩きつけられた衝撃で、息が止まる。
「…ぅ…っげほ!」
せき込んでいると首を絞められるようにつりあげられる。
どれほどにもがいても、指はほどけることはない。余裕の笑みを張りつかせてガドルは、軽々とジュリエッタの身体を地面に叩きつけた。
「が…は…」
今度こそ、意識が朦朧となる。
どういうわけか魔術が一向に使えない。それで、こんな化け物、剣一本で勝てるわけがない。針で巨人に立ち向かうようなものだ。
なんとか身体を起こそうとするが、身体がばらばらになりそうにきしみ、動けない。
顔だけを横に向けると、フィールドの砂の下に何か見えた。それは魔術を示す文字。
解呪の魔方陣…!?
最初から、この闘技場では魔術は一切使えなくされているのだ。
おそらくそれは最初からのルールなのだろう。ジュリエッタだけが知らされていなかった。
悔しさに唇を噛む。
動けないジュリエッタの胸倉を、ガドルが掴む。
またどこかに叩きつけられると思って身構えたが、そうではなかった。
鋭い音がして、胸元から一気に服が引き裂かれる。
「な…っ!?」
声もなく眼を丸くすると、両手をひとまとめに押さえつけられ、乱暴に仮面がはぎ取られた。
「ぃや…!」
ジュリエッタの悲鳴は、城内の歓声にかきけされた。彼女の美貌と、引き裂かれた服の下からのぞいたやわ肌に、観客が熱狂の声をあげる。
その揶揄するような歓声に、プライドを踏みつけられ、肌を好奇の目にさらされる羞恥をこらえながら、必死で暴れる。だがそれも無駄な抵抗だ。
「やめなさい、離して。いや…っ!」
服を引き裂かれ、有無を言わさず足を強引に開くような格好をさせられ、ジュリエッタは悲鳴をあげた。
だが見下ろすガドルは好色な獣の様な眼で見下ろし、よだれを滴らせてジュリエッタにのしかかってきた。
興奮したガドルのペニスに、声を失う。
醜悪な血管の浮いた陰茎に、すでに先走りが滴り、ジュリエッタは嫌悪と恐怖に吐き気がした。
「…ぃや、やめて…っ、やめてぇ、やだああああ!」
尊厳もなにもかなぐり捨てて泣きながら悲鳴をあげ、身じろぎするが、うっとうしそうにさらに手首をねじり上げられ、乱暴に乳房を握られる。
「痛…」
武骨で堅い手にやわ肌を乱暴に弄られ、ジュリエッタはむせび泣いた。
いや、どうしてこんな……。
乱暴に割り開かれた足の間を衆目に晒され、ジュリエッタは堅く眼を閉じた。
まだ美しい桜色をした秘所は堅く閉ざしている。そこにガドルの芋虫のような指が、乱暴に侵入した。
「ひぃ…っ」
異物感に吐きそうになる。だが、逃げようとする腰は叶わず、しっかりと押さえつけられ、無遠慮な指に侵される。
その間も醜い豚はジュリエッタの未発達な胸を舐めまわし、吸い上げる。
あまりの屈辱と嫌悪に、気が遠くなりそうだった。いっそ気を失った方が楽だったかもしれない。そう感じたのは、とうとう指が引き抜かれガドルの醜悪なものが押し当てられた時だ。
狭い入り口を無理やり開き、押し入ってくるものの感触に、怖気がした。
「…っ…」
激しい痛みと共に、自分の中でなにかがぶつんと切れたような、壊れたような感覚があった。
こんな薄汚い化け物に、忌み嫌うべきハーフに、犯された。
ぱたぱたと涎を垂らし、獣の様に激しく息をつき、自分を侵すガドルを見上げると、涙は勝手に溢れ、歯を食いしばってもむせび泣く声が漏れる。
悔しさや怒りもあったが、それよりも絶望が心を黒く塗りつぶす。激しく膣内をかき回され、ジュリエッタは悲鳴をあげることもできない。だが下肢をぬらりと伝っていく感覚が、血なのではないかと、ぼんやりと思った。
もう、いやだ。誰か…。
助けて欲しいとそこまで考えて、とっさに脳裡に浮かんだ人の面影をかき消した。思い出さなければよかった。こんな状態で、大好きな婚約者のことを思い出すのは苦痛だった。
ロイに触れられることもないままに、汚された。
「や…ぁ…」
激しくなる動きに、ジュリエッタは下肢が痛みと他に熱さを感じて、小さくうめく。
強く腰を引き寄せられた瞬間、中にほとばしりを感じて、びくりと身体をはねさせる。
びゅく、びゅるる…、と身体の中のガドルが震え、激しい射精の感覚にジュリエッタは今度こそ吐き気を押さえられなかった。
すべて中で吐きだしたガドルは、満足げに大きく息を吐いた。
その生臭い息にジュリエッタは顔を背ける。
場内の歓声がどこか遠く聞こえる。
絶望にうちひしがれた瞬間、目の前が真っ暗になった。自分が意識を失ったのかと思ったが、違う。本当に会場の照明が落ちたのだ。
「…?」
なんとか身体を引き起こすと、ふと清涼な風が吹いた気がした。
淀んでいた空気が、換気されるような感覚。その瞬間、フィールドが淡く発光した。それまでは感じなかったエーテルの流動が、ジュリエッタを包む。
『ジュリエッタ様…っ』
声が聞こえた気がして、咄嗟にジュリエッタは短く詠唱する。
「…聖なる女神よ、奇跡を!」
呟いた途端、ジュリエッタの身体から防御壁そのものの光の壁があらわれ、ガドルを跳ね飛ばした。
「ぐあ、…がっ…!」
吹き飛ばされたガドルの身体が、叩きつけられ壁にめり込む。
魔術が使える…!?
まだきしむ身体をなんとか引き起こし、落ちていた剣を拾い上げる。
二呼吸分を整え、歯を食いしばった。震える膝を叱咤し振り返ると、頭を振りながら起き上がりこちらを睨みつけるガドルの姿をとられる。
まだ、動ける、…いや、動け!
自分に身体に言い聞かせ、全力で突っ込む。
大ナタを振りあげるガドルが、振りおろすよりも早く懐に飛び込む。姿勢を低くして思い切って剣を振り上げる。
左目に深々と剣を指し、そのまま腰に手をやりナイフを取り出す。
「この…!」
無防備な首に思い切り突き立てる。
激痛に振り回した腕に、ふりとばされたがジュリエッタは地面を転がり、ガドルと距離をとる。
泥にまみれ、服を引き裂かれた姿のままよろよろと立ち上がる。
「ぐああ、ひぐ…小、娘ぇぇええええ!」
地響きのように呻きガドルは噴水のように血を噴き出しながら、左目を押さえてジュリエッタに襲いかかろうと突進してきた。
「…っ…!」
剣もナイフもガドルに突き刺さったままだ。武器がない。
それでも歯を食いしばり、丸腰のまま身構えた。
が、ガドルはジュリエッタに襲いかかる前に、フィールドに沈んだ。
痙攣する巨体から、まだ血が噴き出している。
…勝った…?
そのまま地面に膝をつきそうだった。場内のブーイングすら、遠く聞こえる。ふらふらと後ずさり、壁に寄りかかり身体を支える。逃げなくてはと思うが、身体が動かない。
その時、ふたたび照明が落ちた。
途端に、ふわりと自分の身体が支えられるのを感じる。
「ガドルは倒した!約束通り自由にしてもらうぞ」
朗々と響く声は自分に似ていた気がするが、ジュリエッタにそんな力はもうない。
誰…?
ぼんやりと考えながら、自分を支える人影を見上げた。
闇の色の衣装に身を包んでいたが、それは間違いなく自分の頼りになる侍女であった。そう認識した途端、ジュリエッタは緊張の糸が切れ、意識を手放した。
*
あの陰惨な地下闘技場の件から三カ月。
ジュリエッタは体調が思うように回復せず、部屋に引きこもりがちだった。
「私がもう少し早く、お助けすることができれば…、いえ、それ以前に、偽の情報に踊らされたのも、私の責任です」
「…マールのせいじゃないわ」
もう何度目と言うやり取りとして、ジュリエッタはため息をついた。
今日もまた、微熱があり軽い吐き気がしてベッドから起き上がることができなかった。外傷はとっくに治癒しており、そこから何か悪い菌でも入ったのか、それとも凌辱による精神的なショックが大きいのか。自分でも判断がつかなかった。
だが、あの件以前には溢れていた力が、少しも身体に満ちてこない。
所詮、白薔薇の騎士だといきがっていられた頃の自分が、羨ましかった。なんとかガドルを倒し、逃げおおせたとはいえ、素顔をさらし、あれほどの恥辱を受けたとあらば、良い笑い者だ。
何より素顔をさらしたのは痛かった。ジュリエッタ姫とすぐに気がついた者はいなくとも、もしかしたらと思った者はいるはずだ。それに何よりボードレイ侯爵には白薔薇の騎士の正体はばれたと思っていた方がいいだろう。
だというのに、侯爵に特に動きがないのは不気味だった。
「ねえ、マール…今日も、ボードレイ侯爵や、他の貴族に動きはないの?」
「特には」
マールも同じことが気になっているのだろう。その話題を出すと、表情が暗くなった。
その時、寝室の扉をノックする音に、二人は顔をあげる。
「入りなさい」
マールが言うと、メイドがしずしずと入ってくる。
「失礼します。ジュリエッタ様、御目通りしたいと、いま…」
そこまで聞いてジュリエッタの身体が小さく震える。
「どなたです?」
「ロイなら帰ってもらって!」
メイドが答える前に、悲鳴のようにジュリエッタが答える。
痛々しいほどに顔色を悪くするのに、マールは小さく眉根を寄せた。ジュリエッタはあれ以来、ロイに一度も会っていない。
最初は怪我と精神的なショックで、人に会える状態ではなかったのだが、怪我が回復しても、見舞いに来るロイを断り続けていた。
今さら、どんな顔をして会えばいいというのだろう。
強姦され処女を奪われたばかりでなく、相手は国で最も忌み嫌われる魔物とのハーフ。化け物の様なオークであったなどと。
もちろんそんなことを告白できるわけはないし、何よりロイの顔を見たら、頭がおかしくなりそうだった。
あの清廉な、美しい若者にふさわしくない、汚れた自分に改めて絶望しろというのか。
「いえ、その…」
メイドは何かに怯えるようなジュリエッタに戸惑ったように小さく言うと、
「ロイ近衛隊長ではなく、マチウス殿下がお見舞に」
「マチウスが?」
ジュリエッタは顔を上げた。
マチウスは、ジュリエッタの異母兄弟に当たる。美しい少年で、特別にジュリエッタを慕ってくれていた。
「どうされますか?」
マールに聞かれて、少し考えてから
「通してちょうだい」と小さく答えた。
メイドが一礼して下がると、すぐにマチウスが入れ替わりに入ってくる。
「ジュリエッタ姉さま」
ジュリエッタと同じ、やはり金髪の美しい少年が入ってきた。外見はそうかわらないが、ジュリエッタの方が二つほど年上だった。
ジュリエッタとは違う紫の深い色の瞳が、やつれた姉を見た途端に、悲しそうにゆがんだ。
「姉さま、随分長い間引きこもられていると聞いて窺いました。御熱が下がらないとか」
「ええ、でも、もうだいぶいいの」
「感染性の熱病かもしれないといって、お会いすることもできなくて、僕すっごく心配したのですよ」
「ごめんなさいね」
天使の様な少年は、姉の細い手をとった。
「僕の魔術が姉さまのように、神聖魔術だったら少しでもお役に立てたのに」
「ありがとう、相変わらず優しいのね、マチウスは」
「そんなことありません」
「いいえ、それにとても頭がいい。この間、博士が褒めていたわ。ひとりで随分古い魔道書を読み解いているそうじゃないの」
「はい、古代の魔術が解明できれば、少しでも国益につながるかもしれません。僕は身体が弱いし、他にとりえが無いから…」
「悲しいこといわないで。マチウスはたくさんいいところを持っているわ、自信を持って」
「ありがとう姉さま」
そう言ってにっこりと笑う。
「僕はいずれ姉さまとギュンター近衛隊長がご結婚されて、この国を治める頃には、きっとお役に立つようにたくさん勉強しておきますね」
楽しそうにいう声に、ジュリエッタの胸がえぐられる。
だが何も知らないマチウスに、暗い顔を見せるわけには行かない。
「…ありがとう」
二人のやり取りをそれまで黙って聞いていたマールが、静かに二人の間に入った。
「マチウス殿下。申し訳ありませんが、ジュリエッタ様は未だ体調がすぐれませんので、本日はこれくらいで」
「あ、はい」
マチウスはそういってジュリエッタの手を離して、ベッドサイドを離れる。
「では、姉さま。また伺います、元気出してくださいね?」
「ええ、ありがとう」
答えると、マチウスは微笑んで背中を向けた。
それを見送っていると、ふと何かを気がついたかのように足をとめた。
「あ、姉さま。そういえば…」
肩越しに振り返る無邪気な顔。
「ご病気だと言うから、やせ細られたのじゃないかと思っていたのですが…そんなに…。やつれられたとは思うのですが、少し…むくんだような」
「え?」
ジュリエッタが声をあげると、はっとしたようにマチウスが慌てて口を押さえる。
「あ!す、すみません!女性にこんなこと!」
「ぇ、あ、いえ…いいのよ、でも…」
「本当にごめんなさい、姉さま!失礼します」
そういって、ぺこりと頭を下げて出て行った。それを見送る。
一瞬、脳裡に浮かんだ嫌な予感に、冷や汗が落ちる。
「ジュリエッタ様?」
マールに気遣わしげに声をかけられて、ジュリエッタははじかれたように顔をあげた。
「どうされました?」
「ううん。なんでもない。…なんでもないの」
上の空で呟き、無意識に自分のお腹に手をあてた。
*
妊娠しているかもしれない。
考えなければいけないことだった。
ジュリエッタは城をこっそりと抜け出し、城下へと走った。
気がつかない方がおかしかった。あれからずっと生理も来ていないと言うのに。だが、無意識にそう思いたくないと言う気持ちが、現実から目を背けさせていた。
だが、ユリウスに言われた通り、ゆるい服をきていればわからない程度には腹がせり出してきている、少女らしい乳房も妙に張ってきていた。
妊娠、しているのだ。
おぞましい、生まれてくる子供は間違いなくオークとのハーフだ。汚らわしいだけの存在が自分の腹の中にいる。
堕胎は罪だ。だがそれ以上に、王女である自分がオークとのハーフなど産むわけにはいかない。
まともな医者は禁じられた堕胎処置をうけてはくれないだろう。身元を隠してなら、なおさらだ。城下にある不法な医者に対処してもらうほかない。
思うようにならない身体を引きずって、ジュリエッタは城下の、さらにスラム街に再び足を踏み入れた。
*
何かに追い立てられるように先を急ぐジュリエッタは、ほとんど周りが見えていなかった。だからそれに気がついたのは、逃げ場なく取り囲まれた時だ。
その周到な動きに、息を飲んだ。
目深にフードをかぶっても、おそらく女だと知れたのだろう。
「どこにお急ぎだ、お嬢さん」
一目見て魔族とのハーフだとわかる。にやにやと下卑た笑みを張りつかせ、ジュリエッタを覗き込んでくる。
剣を持ってくればよかった。
そう思ったが今さら遅い。小ぶりのナイフだけでは、この人数を倒すのは無理だ。第一体調が完全でない状態で、魔術を使うのも危険だ。
隙をついて逃げるしかない。
「おい、なんとかいえよ…」
伸ばされた手を払い、前に出たゴブリンのハーフに足払いをかける。
「ぅわあ…っ」
ジュリエッタを囲んでいた人の壁にわずかな隙ができる。そこに身を滑らすように走りだそうとした瞬間。
「あ…!?」
下腹部に激痛が走った。
ひざから力が抜け、転がるように倒れる。
「…ぅ…あ」
鼓動に合わせて激痛が身体を走る。
「おい、なんだ、この女…?」
突然倒れ、苦しみだしたジュリエッタに、囲んでいた男たちも困惑の色をかくせないようだった。捕まえようとするより、這いつくばり苦しんでいるジュリエッタを覗き込んでいるのがわかった。
「おい、なんだこりゃ?」
驚愕の声が振ってくる。
ジュリエッタも目を見開いた。
自分の中から、大量の出血を体液が出て行くのがわかった。
「おい、こりゃ…、孕み女だったんじゃねえか?」
こわごわという男の声が朦朧としたジュリエッタの意識に届いた。
だがそんなものに構っていられない。
…破水?流産…しかけている?
激痛に苛まれながら、ジュリエッタはほっとした。それなら堕胎処置を受けなくても済む。
「く、うあ…あああ!」
悲鳴をあげのたうちまわるジュリエッタを、ゴブリンのハーフがたまりかねたように押さえつける。
「おい、テッド、その女死んじまうんじゃ…」
「バカ、出産くらいで死ぬか。ただ、こんなところで産んじまったら、子供もこの女も…」
「テッド!」
「ぁあ?…!」
男たちの声が聞こえてくる。痛みが限界に達して、何か考えることができない。
だが、遠く子供の産声を聞いた。
「なんだあ、こりゃあ…。産気づいて、こんなにすぐに生まれるとは…」
なぜ、はジュリエッタが言いたいことだった。
まだ少女のジュリエッタでも、こんなに簡単に出産が済むものではないとわかっている。しかも、まだ受胎して3カ月もたたないはず…それが、どうして…。
「こりゃあ、ハーフのガキじゃねえですか?」
気味悪そうな声に、ゴブリンのハーフが低く答えたのが聞こえた。
「殺しちまえ。どうせ望まれねえ子だ」
その声に、きつく閉じていた目を開く。
ゴブリンの手にある、血まみれの肉のかたまりのような赤子。
それは今まで美しいものばかりを見て生きてきたジュリエッタには耐えられない、吐き気をもよおしそうな生き物だった。
それなのに
「…や、めて」勝手に、言葉があふれ出た。
「あぁ?」
ゴブリンのハーフが驚いたようにジュリエッタを見降ろしていた。
「意識があんのか?」
「私の…やめて、ころさ、ないで」
お願い、と手を伸ばしたが、赤ん坊に手は届かなかった。そこで力尽きて、ジュリエッタは意識を失った。
*
目が覚めた時に見えたのは、嫌な匂いのする場所だった。
粗末な堅いベッドに寝ていた身体を半分起こす。隣にはうぶ着とも呼べない、粗末な布にくるまれた赤ん坊が眠っていた。
一見豚の赤子なのに、よく見ると人間の手足。醜悪そのものだというのに、ジュリエッタは胸が温かくなるのを感じた。
そっと抱きあげる。愛おしさで胸がやけるようだった。
その時、部屋の外で気配がした。
「お、気がついたみたいだな」
ノックもせずに入ってきたのは街で絡んできたゴブリンのハーフと、その手下らしい男たちだった。ゴブリンは確かテッドと呼ばれていた。
「さて、あんた綺麗なおべべ着て、いかにも金持ちですって様子だが、どこのご令嬢だ?」
ジュリエッタが黙っていると、テッドは意地悪く笑った。
「大方、火遊びが過ぎてヘマしたって所だろう。それにしても、綺麗な顔して随分悪趣味だ。魔物お楽しみたぁな」
揶揄の言葉に、部下の男たちも一斉にジュリエッタを見て、好色な笑みを浮かべた。
「それ以上の侮辱は許し…」
「許さなきゃどうだってんだ?」
言い終わる前に、テッドに顎を乱暴に掴まれジュリエッタは声を封じられる。
「いいか、自分の立場をよく考えるんだ。ここがどこで、自分がどういう状況にいるか。好きで魔物と交わる世間知らずのド淫乱だって、それくらいわきまえる脳味噌はあるだろう」
睨みつけると、テッドは床に唾を吐いた。
「まったく、てめえを棚に上げて、ゴミを見るような目で見やがる。こんな化け物ひり出しておいてよ」
赤ん坊を取り上げられて、ジュリエッタは悲鳴をあげた。
「何するの!?」
「殺してやるのが、このガキの為だ。アンタだってそのつもりで、スラムまで来たんだろうが」
確かに言われたとおりだが…。
「やめて、あんな状態でも無事で生まれたのよ。命を奪うなんて…」
「じゃあ、あんたこの後、このガキどうするんだ?どうやって育てる?魔物とのハーフなんざ、スラムしか生きる場所がねえんだぜ。アンタ、裕福な家捨てて、この子とスラムで生きるのか?」
「それは…」
できない。でも、それでも、安らかに寝息を立てる赤ん坊を見ると、殺すことは絶対に認められなかった。
「でも、…殺すのは嫌。お願い、私には、可愛い大切な赤ちゃんなの…」
涙が出る。こんなに自分でも不思議なほど、愛おしい。
「じゃあ、証明して見せろ。お前がどれだけこの子が大事か」
テッドは挑発するように言い、赤ん坊をジュリエッタの手の届かない机の上に寝かせた。
「それを今からオレたちに証明するんだ。母の愛ってやつをな」
ジュリエッタが怪訝な顔をしてテッドを見る。
「足を開け」
言われた意味がわからずにいると、下肢にかけていた毛布をはがれた。
「きゃあ!?」
「股開いて犯してくださいと、お願いしてみな。ここの全員に」
見下すように言われて、怒りも通り越し唖然としてしまった。
「な…んで、そんなこと…」
「そんなこともできないのか?できなきゃガキは殺す。魔物とのハーフなんざ縁起の悪い、殺しちまった方がいいんだ」
テッドの言葉に、ジュリエッタは目の前が真っ暗になった。
抵抗できない。
テーブルに寝かせられた赤ん坊はジュリエッタの手に届く所にはいない。そのうえ、テッドとその部下が阻むように立っている。
「お前のガキに対する愛は、その程度か?」
あざけるように言われて、ジュリエッタはうつむいた。
足を開いて誘って見せるなど、今までのジュリエッタなら死んでもしなかっただろう。舌を噛みきってこの場で果てたほうがマシだ。
「…ぅ…」
まだだるい身体を動かす。
正面を見ることはできなかった。
それでも、おずおずと足を開いて、男たちの方に身体を向ける。
男たちが息を飲み、自分の足の間に視線が集中するのがわかった。
「…犯して」
テッドが鼻で笑ってジュリエッタを見下す。
「聞こえねえな」
「…っ、犯してください…っ」
「こりゃすげえ、こんなお姫様みたいな女が、オレたちに突っ込んでほしいとさ!」
「さすが豚を生むだけに、淫乱の雌豚ってわけだ!」
男たちがげらげらと笑い囃したてる声に歯を食いしばると、男たちがジュリエッタの身体を押さえつけた。
引き倒され、開いた足を方法から押さえられ、よく見えるように晒される。
「じゃあ、早速お望み通り犯してやろうかね」
そういうと、男たちが「おお」と好色な声をあげ、ジュリエッタが着せられていた粗末な夜着をはぎ取った。
「いや…っ」
思わず悲鳴をあげたが、男たちが卑しい言葉ではやし立てる声にかき消される。
テッドがジュリエッタの乳房をもみし抱くと、ジュリエッタは身体をよじり、声を上げる。
乱暴な仕草に痛みを覚えるのに、徐々に乳首が疼き始める。
「こんな宝石みたいな容姿をしてるってのに」
秘所が潤い始めるのをみて、テッドが弄るように呟く。
ただ耐えるしかないジュリエッタは、悔しさに涙が溢れた。ラビアを指で押し広げられ、中まであらわにするとテッドが自らの陰茎を取り出し押し当てた。
「…ひ…」
思わず悲鳴が漏れた。
最初に自分を犯したガドルのペニスも大きかったが、テッドのモノはその比ではない。ジュリエッタはたまらずに暴れようとしたが、四肢を押さえつけられて身じろぎすら許されない。
「そんなの…入らない…やめて…!」
「ガキ一人ひり出しといて、何言ってんだ」
「いまさら上品ぶってんじゃねえよ、ほらしっかり足開いてな!」
男たちの怒声に打ちのめされながら、テッドの熱い杭に身体を引き裂かれる。
「ひぃ…く…っあああ!」
あまりの圧迫感に悲鳴をあげる。
自分を蔑む声の向こうで、遠くに赤ん坊の泣き声が聞こえる。
身体を押さえつけられながら、テッドのペニスがメリメリと自分の中に侵入し、やがておさまった。すで悲鳴さえ出せず、肩で息をするのがやっとのジュリエッタの乳房を掴み、テッドは呟く。
「昇天するのはまだ早ぇぞ」
巨根がゆっくりと律動を始める。
「ひ、や、あ、ああ!」
遠慮なく弄るテッドの腰の動きに、ジュリエッタは必死で答えながら、すすり泣きを漏らす。
内臓を引きずり出されるような動きは、気持ちの悪いものだというのに、膣内は熱く勝手にうねり動く。
永遠かと思うような腰の動きが続き、ジュリエッタが気を失いかけた時、腹の中に熱いものがはじけるのがわかった。
「ぁ…ひぅ…んん!」
思わず声を漏らすと、強く腰を引き寄せられ、テッドも低くうめいた。
中出しされた瞬間、ジュリエッタの意志に反して絶頂に達した。
テッドはずるりと自分を引き抜くと、
「あとはお前らが好きにしろ」といって身体を引いた。
途端に、左右から男たちがのしかかった。
テッドに犯されている姿をずっと眺めて生唾を飲んでいた男たちは、目をぎらぎらと光らせて、ジュリエッタの乳房をもみし抱き、秘所を弄り、肌を吸い上げた。口もとにペニスを突きつけられ、顔を背けたが無駄だった。
「すげえ、なんてえ肌だ。吸いついてくるみたいだ」
「オレのにむしゃぶりついてるぜ、たまんねえな」
意識が朦朧として、ふと身支度を整えたテッドがテーブルの上の赤ん坊を取り上げたのがわかった。
「あ…私の、あかちゃ…」
手を伸ばし、だがみなまで言うことはできなかった。
伸ばそうとした手は引き戻され、ジュリエッタは男たちに苛まれ続けた。
*
このまま、男たちに弄られ続けて死ぬのだなと、ぼんやりと思っていた。
だが、再び気がついた時は、また違う天井だった。
今度は、どこだというのだろう。
てっきり輪姦された後は、そのまま赤ん坊ともども、どこかに打ち捨てられるのではないかと、そこまで考えていたと言うのに。
あまり上等ではないが、清潔なベッド。
かすかに消毒薬の匂いがする。
「あら、もう気がついたの?」
声に、びくりと身体を震わせて顔を上げると、そこには白衣の女性が立っていた。
「見かけによらず意外に頑丈なのね」
「貴方…?」
「まだ、安静にした方がいいわよ。まったく無茶されたもんだわ」
溜息のように言うと、ジュリエッタの額に手を当てる。
「熱はまだちょっとあるか」
「あの私はいったいどうして…?」
そう思った途端に、最後にテッドが赤ん坊を抱き上げていた光景を思い出す。
「赤ちゃん…、赤ちゃんは!?」
「アンタの子供なら、そこ」
自分のベッドサイドに新生児用のベッドが並び、すやすやと眠っているのがみえた。
「…よかった」
すがりつくようにベッドを覗き込み、その健やかな寝息にため息をついた。
「聞いただけじゃ信じられなかったけど、本当にそのガキの命乞いしたみたいだね」
女医の冷めた口調に、思わず彼女を窺うように見てしまった。
「別に、あたしは関係ないし、興味もないけど…。ま、でもそんなガキ何人も作りたくないなら、とっととここから立ち去ったほうがいい。アンタの受けた邪法は半端なもんじゃないからね」
そっけなく言われて、逆に愕然とする。
「邪法って…」
「ん?」
「邪法ってなんですか?」
聞かれた女医の方が目を丸くした。
「へえ…気がついてなかったんだ」
皮肉笑みを浮かべる女医にさらに問いただそうとした時、ノックの音が響いた。
「おい、ローリエ。女ぁ、どうなった…」
言いながら入ってきたテッドが入ってきた。ジュリエッタは思わず身をすくませたが、ローリエが、「今気がついたところ」と答えるのを聞いて、困惑の視線を二人に向けた。
*
テッドはこのスラムの自治を取り仕切るギャングのリーダーだと言う。そしてこのけだるげな女医はローリエと名乗り、随分前からスラムで闇医者をしていると短く説明した。
「アンタを連れてきたのはテッドだよ」
ローリエが言うのに、驚いてジュリエッタはテッドをみた。
「正直、アンタを弄って死んじまったらそれまでと、赤ん坊と一緒にそこらに捨てる気だったんだが、終わってからのこと…覚えてるか?」
ジュリエッタは首を横に振った。
凌辱の激しさに、最後はほとんど覚えていない。
「オレに手を伸ばして、赤ん坊を殺すなって何度も繰り返した。あんたみたいなお嬢さんがあれだけの目にあって正気も失わずに、ただ赤ん坊の命乞いをした。どういう経緯の赤ん坊か知らねえが、単なる面白半分で魔物と交わってできた子じゃないんだろう?」
テッドの言葉に、ジュリエッタは思わずうつむいた。
子供に対する愛情はともかく、子供の出来た経緯には誤解がある。
その時、ジュリエッタの心を代弁するように、ローリエがけだるげに口を開いた。
「ま、根性があることは認めるけど、子供に対する愛情に関しては疑問だね」
「あぁ?」
「その子が盲目的に子ども愛してるのは、単に邪法のせいだから。もし解呪できても、それだけの愛情が示せるかどうか…」
「そりゃ、どういう…」
「どういうことですか!?」
テッドより先に、ジュリエッタがローリエに詰め寄った。
さっきもそんなことを言っていた。
「邪法って…私が何か魔術をかけられているってことですか?」
「そうよ。アンタにはとびきり邪悪な、古い魔術が掛かってる。気がついてなかったの?」
溜息のように言うと、ローリエはキセルを取り出し、煙草を詰めた。
「犯されると必ず受精され、胎児は驚異的なスピードで成長し、三か月で生まれてくる。しかも母体は生まれてくる子供に異常に愛情を感じるようになり、命をかけて子供を守りたくなる、それがどんな醜い子どもでも、子供の父親がどんなに憎い敵でもそれは変わらない」
テッドが顔を歪める。
「そりゃあ…」
「受胎法…、最早、これは魔術と言うより呪いだね」
淡々と語られる事実に、ジュリエッタは血の気が引く思いがした。
誰にかけられたのかとか、どうしてそんなことをされたのかとか、いろいろ考えることはあるが、何より恐ろしいのは、輪姦された自分の腹には、再び子供が宿っていると言う事実だ。
気丈なジュリエッタではあったが、これには震えを止めることができなかった。
「その呪いを、解くことはできないんですか?」
「できる人間は少ないだろうね。でも、できないことじゃない。たとえば国の公認した上級魔術師とか、隣の国の導師とか…」
ローリエが興味なさげに呟き、それからジュリエッタの反応を見るように覗き込んできた。
「あとは、私」
「お願いします。呪いを解いてください!」
「お金払えるの?」
バカにしたように言うと、ローリエはキセルをジュリエッタの鼻先に突きつけた。
「なんとでも」
どれだけのお金を使ってもいい。そんな忌まわしい呪いを受けたままなど耐えられない。
ローリエはジュリエッタの顔を見て鼻白んだ顔をして、目を眇めた。
「…お断り」
「は?」
「だから、嫌だっていったの。アンタ、貴族だろ?貴族が死ぬほど嫌いなんだよね、私」
何か言おうとしているうちに、ローリエは顔をそむけた。
「今回アンタを治療したのは、テッドの顔を立てただけだし」
「でも…」
「いくら積まれてもお断り。どんな恨みを買って受けた呪いか知らないが、それが業ってやつだろ?パパに泣きついて、こっそり上級魔術師でも呼んでもらえば?」
できればジュリエッタだってそうしたい。でもそういうわけにはいかないのだ。
ジュリエッタは、唇を噛みしめる。
「それはできません。お願いします、なんでもしますから…どうか呪いを解いてください」
深々と頭を下げた。こんなに懸命に頭を下げて、誰かに何かを頼んだことはなかった。ただローリエはつまらなそうにそれを見ている。
口を開いたのは、テッドだった。
「おい、ローリエ。アンタもそんなに、むきになるこたねえだろ」
「口、出さないでくれる?」
「いや、そいつを連れてきたのはオレだし…それに、あんまりじゃねえか」
「自分で輪姦しておいて、何言ってんの。一応、改めて言っておくけど、アンタらのやったことのお陰で、この子の腹の中には、またガキが仕込まれた状態になったからね」
「だから、多少は責任があるかと思って、こうして口出してんじゃねえか」
「ふぅん、責任ね」
ローリエは口もとを歪めた。
「なら、アンタがどうにかしてやるといいよ。テッド」
「あぁ?」
「もしこの子が自分で働いて金を持ってきたら、呪いは解いてやってもいい」
「本当ですか!?」
ジュリエッタが喜色に声をあげるが、テッドは逆にしどろもどろになった。
「お前、まさかこいつに職をあてがえっていうんじゃないだろうな?」
ローリエは口の端をつりあげた。
「無理に決まっているだろう、うちは娼館だぞ!」
「酒場の方で給仕でもさせればいいさ」
「それだって…」
「お願いします。一生懸命働きますから!」
テッドが声もなく、口を開閉させたがやがて深いため息をついた。
「面倒なことに関わっちまったなぁ」
*
こうしてジュリエッタは、テッドの店で働くことになった。
一応は酒場の給仕であるが、客との交渉しだいで二階の宿で本番ありの売春もする。
「テッドの店での『売り』は強制じゃない。でも、もし本気で呪いを解きたいなら、…わかるよね?」
ローリエは言うと、皮肉っぽく微笑んだ。
「一応、教えておくけど、その呪いが有効なのは強姦であった場合だけだ。合意の上なら、妊娠の確率は通常と変わらない…といっても、すでにアンタの腹には、一人いるから関係ないか。ま、頑張って」
励ましなのか、からかいなのかわからない言葉だが、一応ジュリエッタは頭に入れた。
一旦は城に戻ったジュリエッタを、気も狂わんばかりに心配したマールが泣きながら出迎えた。
当然と言えば、当然である。ジュリエッタが城を出てから、三日が過ぎていたのだ。
ジュリエッタはマールにだけは包み隠さずすべてのことを説明した。そしてこれからどうするかを相談した。
「スラムで給仕…売春!?とんでもありません!」
マールは失神せんばかりに叫んだが、その口を塞ぎながらジュリエッタはなだめた。
「でも他に方法がないでしょう。このことはお前以外には誰も相談できないのよ。お金だって、お前が用意したりすれば絶対に受け取らないし、それに気を悪くして絶対に処置してくれなくなってしまうかもしれないわ」
「それでも…、誰か口の堅い魔術師に頼むとか」
マールの言葉にジュリエッタは首を横に振った。
どんなに口の堅い魔術師だとしても、城の者に頼めば噂はどこからともなく広まる可能性もある。それにジュリエッタは何よりローリエの腕を、見込んでいた。
「本来はとても力のある魔術師なんだと思う」
産褥の上、輪姦された自分はひどい状態だった。
半ば死にかけていたのだと思う。それなのに、たった2日で体力を回復させ、完治にさせたのだ。
医療術の他に、なんらかの治癒魔術も使ったことは明らかだった。
マールは納得していないようだったが、ジュリエッタの意志が固いのを見て、とうとうしぶしぶと言う風に頷いた。
ジュリエッタは今後の自分の生活のバックアップを頼み、さらに白薔薇の騎士としての活動についても指示を出した。
「しばらくは派手に動けないわ。貴族の屋敷襲撃みたいなものは無理。でも今まで通り貴族たちの動向は探っていて。そして、必ず報告してちょうだい」
マールはその言葉に頷いた。
そしてジュリエッタは、昼は王女、夜は娼婦の二重生活を送り始めた。白薔薇の騎士としての活動は控えめになったが、それでも情報収集はマールが怠りなくやってくれているので、以前のように派手に動いたりはしなかったが、貴族と悪徳商人と癒着を暴露したりと、表に立たない活動を続けていた。
*(後半に続く)